冷たい湖に素足を浸す。
ぱしゃん、と静かに水しぶきを上げる。
透明な水が、光の粒となり重力に従う。
 
ここもずいぶんきれいになった。
 
麻痺しかけている心と頭で、ぼんやり思う。
難しいカタカナや外国語、地球外語で示すしかない物質が、ずいぶん減った。
私の足にまとわりつく水たちが、そう笑った。私はそれに小さく返事をし、自然に身を任せた。
うさぎのはねる音。草のゆれる音。風が低く通り抜け、いろんなものを運んで、掬った。木々の木漏れ日が花を生き返らせ、甘い香りが辺りに漂う。小鳥たちが歌い、虫たちは恐れを忘れて喜び合った。
 
ここはずいぶん平和になった。
 
私は思わず音をつむぐ。ゆるやかにそれは流れ、ほんの少し気温が上がる。
 
    消えない痕がありましょう
 
ここ以外のところは、もう、駄目だ。
 
神との戦い。
犯してはいけなかった聖域。
そこへの宣誓布告のため、魔法を乱用した結果、 人間は勝利したけれど。
魔法を使用するたびばら撒かれる魔法の残りかすが、
理解不能な魔法物質が、
世にあふれ、大地を揺らし、焦がし、壊し、奇跡は堕落し、欲は暴走した。
 
    癒えない疵がありましょう
 
かつての魔法少女の面影は、もう私には残っていないだろうけれど。
最後、仲間二人を生贄に神を騙し、魔法少女の魂によってしか作れ得ない”少女の断罪”。
それを創造し、行使し、殺したのは、きっと、良き思い出。
 
 
    雪にも溶けぬ花氷 
    色すら匂わぬ水の裡
 
手中でふたつ、創造する。やさしく口付け、生命を与える。
空中に飾る。
 
どれが正しくて、どれがいけなくて、私は正義であったのか、私のしわがれた手は、しなびた心は、しびれる頭は、もう、答えてくれない。
私はゆっくり湖に沈み、魔法物質を撒き散らす。
湖を海へと変える。底がなくなる。
 
    溺れるように沈みましょう 
 
条件反射で固めてしまっていた水を常態に戻す。
私は沈む。
 
 
     いつかあの柔かな花が散り逝く日まで 
 
この世界が、平和であったように。